映画「追憶」公式サイト

イントロダクション

数々の日本映画の名作を世に送り出してきた、監督・降旗康男と撮影・木村大作の黄金コンビ。
巨匠二人が9年ぶりにタッグを組んで挑むのが、本作『追憶』。
高倉健をはじめ、長年にわたり時代を代表する映画スターを撮り続けてきた二人が、
今作で主演に迎えるのは、その重厚な演技力から国民的人気を誇る岡田准一。
共演には、小栗旬、柄本佑、長澤まさみ、木村文乃、安藤サクラ、吉岡秀隆といった日本を代表する豪華俳優陣が集結した。
撮影は風情豊かな北陸の地を中心に行われた。
荒ぶる日本海、立山連峰を臨む町並み、美しい間垣の集落、
能登半島に沈む夕陽など、観るものの魂を揺さぶる景観がスクリーンに焼き付けられた。
一つの殺人事件をきっかけに刑事、被害者、容疑者という形で25年ぶりに再会を果たした幼なじみの3人。
それぞれが家庭をもち、歩んできた人生が、再び交錯し運命の歯車を回し始める―――。

ストーリー

富山県の漁港で殺人事件が起きた。
事件によって、かつて親友だった3人は、刑事、容疑者、被害者として再会することになった。
刑事・四方篤(岡田准一)――
妻(長澤まさみ)へ自分の心をうまく伝えられず、すれ違いの日々を送る。
なぜ、愛する人にも心を開くことが出来ないのか。
容疑者・田所啓太(小栗旬)――
会社の好転、妻(木村文乃)の妊娠、新居の建築と幸せの絶頂の中、
なぜ、事件の真相を語ろうとしないのか。
被害者・川端悟(柄本佑)――
倒産寸前の会社と家族のため、金策に奔走していた。
なぜ、殺されなければならなかったのか。
25年前、親に捨てられた3人は、涼子(安藤サクラ)が営む、喫茶「ゆきわりそう」に身を寄せていた。
常連客の光男(吉岡秀隆)とともに5人はまるで家族のような間柄になった。
だが、ある事件を機に、その幸せは終わった。
無実を信じる四方の問いかけにも、田所は口をつぐむ。
一体、何を守ろうとしているのか。

3人の過去に何があったのか。
複雑に絡みあった壮大な人生のドラマは、
25年の時を経て、再び運命の歯車を回し始める。

キャスト

1980年11月18日生まれ。大阪府出身。
【主な出演映画】
『SP 野望篇』(10)『SP 革命篇』(11)『天地明察』(12)『図書館戦争』『永遠の0』(13)『蜩ノ記』(14)『図書館戦争 THE LAST MISSION』(15)『エヴェレスト 神々の山嶺』『海賊とよばれた男』(16)『関ヶ原』(17予定)

1982年12月26日生まれ。東京都出身。
【主な出演映画】
『宇宙兄弟』『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』(12)『少年H』(13)『ルパン三世』(14)『ギャラクシー街道』(15)『信長協奏曲』『テラフォーマーズ』『ミュージアム』(16)『君の膵臓をたべたい』『銀魂』(17予定)

1986年12月16日生まれ。東京都出身。
【主な出演映画】
『美しい夏キリシマ』(03)『17歳の風景』(05)『僕たちは世界を変えることができない。』(11)『臨場』(12)『横道世之介』『フィギュアなあなた』『今日子と修一の場合』(13)『ピース オブ ケイク』『GONINサーガ』(15)『64 −ロクヨン− 後編』(16)

1987年6月3日生まれ。静岡県出身。
【主な出演映画】
『ボクたちの交換日記』『潔く柔く』(13)『WOOD JOB!~神去なあなあ日常~』(14)『海街diary』(15)『アイアムアヒーロー』『君の名は。』(声の出演)『グッドモーニングショー』『金メダル男』(16)『SING/シング』(声の出演)『銀魂』『散歩する侵略者』(17予定)

1987年10月19日生まれ。東京都出身。
【主な出演映画】
『小さいおうち』『ニシノユキヒコの恋と冒険』『太陽の坐る場所』(14)『くちびるに歌を』『イニシエーション・ラブ』『ピース オブ ケイク』(15)『十字架』『スキャナー 記憶のカケラをよむ男』『RANMARU 神の舌を持つ男』(16)『火花』(17予定)『羊の木』(18予定)

1986年2月18日生まれ。東京都出身。
【主な出演映画】
『家路』『春を背負って』『0.5ミリ』『百円の恋』(14)『娚の一生』『白河夜船』(15)『ディアスポリス −DIRTY YELLOW BOYS−』(16)『島々清しゃ』『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』『DESTINY 鎌倉ものがたり』(17予定)

1970年8月12日生まれ。埼玉県出身。
【主な出演映画】
『ALWAYS 三丁目の夕日‘64』『はやぶさ 遥かなる帰還』(12)『小さいおうち』『BUDDHA2 手塚治虫のブッダ 終わりなき旅』(声の出演)(14)『グラスホッパー』(15)『64 −ロクヨン− 前編/後編』『ふたりの桃源郷』(声の出演)『海賊とよばれた男』(16)

スタッフ

  • 1934年、長野県生まれ。
    57年東京大学文学部仏文学科を卒業後、東映東京撮影所に入社。
    66年に『非行少女ヨーコ』で監督デビュー。
    以降、『新網走番外地』シリーズ、『冬の華』(78)、『駅 STATION』(81)、『居酒屋兆治』(83)、『あ・うん』(89)、『鉄道員(ぽっぽや)』(99)、『ホタル』(01)、『単騎、千里を走る。』(06)、『あなたへ』(12)、『少年H』(13)など数々の作品を手がけ、日本アカデミー賞最優秀監督賞、最優秀脚本賞を始め、多くの賞を受賞するなど日本を代表する映画監督。
  • 1939年、東京都生まれ。
    1958年東宝に入社。撮影部に配属され、『隠し砦の三悪人』『用心棒』といった黒澤明の作品にキャメラマン助手として参加。1973年撮影監督デビュー。 代表作に『八甲田山』(77)、『復活の日』(80)、『駅 STATION』(81)、『火宅の人』(86)、『鉄道員(ぽっぽや)』(99)、『北のカナリアたち』(12)など。
    監督作品としては『劔岳 点の記』(09)、『春を背負って』(14)がある。
    監督・脚本・撮影を担当した『劔岳 点の記』では日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞。
    過去、日本アカデミー賞優秀撮影賞を21回受賞、そのうち最優秀撮影賞5回受賞。
  • 1961年、静岡県生まれ。
    20歳の頃よりフリーの制作部として映画の現場に参加。
    『DOORⅡ』(1990年)でプロデューサー、『とられてたまるか!』(1992年)シリーズで脚本家デビュー。
    以降脚本家として『光の雨』(2001年)、『樹の海』(2005年)、『グラスホッパー』(2015年)など。
    『あなたへ』(2012年)で日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞。
  • 1966年、京都府生まれ。
    『鉄道員(ぽっぽや)』(1999年)などの作品に助監督として参加したのち、自らの脚本による『樹の海』(2005年)で監督デビュー。
    以降、『犯人に告ぐ』(2007年)、『脳男』(2013年)、『グラスホッパー』(2015年)などを手掛ける。
  • 1960年、東京生まれ。
    東京藝術大学作曲科卒業。同大学院首席修了。
    代表作にピアノ協奏曲「宿命」(ドラマ「砂の器」劇中テーマ曲)オペラ「万葉集」「滝の白糸」等。
    ドラマ「ほんまもん」「風林火山」、映画『226』『愛を乞うひと』『黄泉がえり』他数多くの映像音楽も担当。
    日本アカデミー賞優秀音楽賞等受賞歴多数。東京藝術大学特任教授。

プロダクションノート

2015年2月―――降旗康男監督のもとに1冊の脚本が持ち込まれた。それは数年前、青島武と瀧本智行が書いたオリジナル脚本だった。過去にある経験をした3人の少年が、時を経て再会を果たす物語。そして、3人の少年に大きな影響を与えるヒロイン。このオリジナル脚本に興味を持った降旗監督は、ヒロインの設定を改編することを主張し、脚本の手直しが始まった。
同年8月―――降旗監督の意見も反映させた『追憶』の脚本が完成した時点で、東宝に映画化の話が持ち込まれた。降旗康男監督作品を待ち望んでいた東宝は、この企画にすぐにGOサインを出した。その時点で撮影の木村大作の参加も決定。これによって07年の『憑神』以来となる、降旗監督と木村大作のコンビが復活した。
主演には『永遠の0』(13年)、『蜩ノ記』(14年)をはじめ数々のヒットを飛ばし、幅広い層から支持を受ける、国民的俳優の岡田准一に主人公・四方篤役をオファー。かねてから日本映画界のレジェンドである降旗監督、木村大作のコンビと仕事をしてみたかったという岡田は出演を快諾。岡田の出演が決まったことで、彼と友情で結ばれる啓太役の小栗旬、悟役の柄本佑、長澤まさみ、木村文乃、さらにはヒロインの涼子を演じる安藤サクラ、吉岡秀隆など豪華な俳優陣が次々に決定していった。ここから本格的に『追憶』の撮影準備がスタートしたのである。
企画が動くと木村大作の行動は早い。脚本段階から彼は、この作品の映像テーマを“海に沈む夕日”に置いた。だとすればロケ地に適しているのは、日本海沿いの場所である。木村大作はこれまでプライベートでも日本全国の海岸線を巡り歩き、どんな自然の風景がどの作品に合うのかを熟知している稀有なキャメラマンだ。その彼が今回、ロケの候補地として選んだのは富山と能登半島を中心とする北陸地方。主人公3人が涼子と子供時代を過ごした“ゆきわりそう”を能登半島に設定すれば、現在富山で刑事をしている四方は、涼子がいる能登半島の方向に沈む夕日を観て毎日暮らしていることになる。
降旗監督は、この作品のテーマの一つとして『過去のユートピア』という言葉を使っているが、夕日は四方の子供の頃のユートピアの象徴でもあるのだ。木村にとって自然は、単なる実景描写ではない。そこに登場人物の心情を重ね合わせることで、撮るべき場所が自ずと決まっていくのである。
撮影は、2016年3月中旬、富山県で始まった。最初のロケ地は“風の盆”で知られる富山市八尾地区。両側に古い城下町のような旧家が並ぶなだらかな坂道を使って、四方たち刑事が、自分の子供を虐待死させた父親を捕まえる場面を撮影した。この日、木村大作は1日中手持ちキャメラで撮影を行った。最近でこそフィックスによる多重キャメラを使った撮影が多いが、木村大作がキャメラマンとして一本立ちした刑事アクション『野獣狩り』(73年)は、全編手持ちキャメラで撮られている。その躍動感あふれる映像によって彼は新鋭キャメラマンとして注目を集めたが、今回手持ちを使ったのには理由がある。四方の刑事の仕事と生活を描く富山での撮影部分は“ドキュメンタリー”に、啓太や涼子が登場する能登半島の部分は自然を背景にして“詩情”を感じさせる映像にしようという狙いなのだ。
ここでは現場に駆けつけてくる四方の登場シーンから、捕まえた父親に彼が怒りにまかせて掴みかかるアクションまで、常に動き回るキャメラワークには、生々しい臨場感があった。降旗監督と木村大作コンビの撮影スタイルは、テスト1回、本番1回を基本にしているため仕事が早い。彼らと長年組んできた高倉健は一発勝負の本番に全精力を傾けてくるタイプの俳優で、その一瞬を捉えるために、スタッフは万全の準備をして俳優のパフォーマンスを現場で待つという姿勢が、この組には備わっているからだ。彼らの仕事ぶりを伝説として聞いていた岡田准一も本番にかける気合は十分。初日から熱のこもった演技を見せた。
八尾での撮影は朝に始まり、昼前には終了した。そのまま富山市街に移動し、今度は富山中央署の屋上を借りて撮影を続行。ここでは最近夫婦仲と親子の関係がうまくいかず、悩んでいる四方に北見敏之扮する先輩刑事・豊田が心配して声をかける場面が撮影された。だが、木村大作のキャメラは現場の屋上にはない。6階建ての富山中央署の屋上にいる岡田と北見を、キャメラは道を挟んで真向かいにある8階建てのビルの屋上から800mmの望遠レンズで狙っている。この望遠レンズを使った奥行きのある映像も木村キャメラマンの特徴。キャメラマン助手として初めて就いた『隠し砦の三悪人』(58年)を始め、『用心棒』(61年)、
『どですかでん』(70年)などの黒澤明作品の現場を経験した彼は、黒澤組の望遠レンズを使った撮影方法を受け継いでいる。そうなると俳優は数百m離れたところにいるキャメラに向かって演技をするわけで、通常の俳優では自分がどのサイズでどこまで撮られているのかわからない。そのため木村はレシーバーでキャメラのアングルを説明し、これに合わせて監督が俳優の動きを微妙に修正していく。このとき木村キャメラマンが感服していたのが降旗監督のいるポジション。どんなに離れていても、監督はキャメラが捉えている画角のすぐ外の部分に体をよけて、決してアングルの邪魔にならないところにいるのだという。降旗監督のようにキャメラに写るサイズを感覚的に知っている人は、今では少なくなったというが、こういうところにもベテラン二人の信頼関係が感じられる。
富山市から車で1時間ほどのところにある氷見・小杉漁港。木造の家が点在するこの漁港を使って、柄本佑演じる悟の初日を撮影。東京でガラス店を営む悟は、資金繰りに困りこの地へ金策にやってきた。そして何者かに殺された。撮影現場には、ミニパトを含めて警察車両が4台、他にも刑事たちが乗っている車両があり、さらに一報を聞いて駆け付けたマスコミや地元の野次馬が仕切り線の向こうに溢れているという、かなり大がかりなシーンだ。岡田を始め、北見敏之、
三浦貴大、安田顕など刑事役の俳優が勢ぞろいし、柄本演じる悟の死体を検分する場面の撮影が始まった。ここで岡田は、殺された被害者が旧友の悟だと分かってショックを受け、気分が悪くなって死体から少し遠ざかる動きをした。その彼に北見が“大丈夫か”と声をかけるのだが、レールを敷いて彼らの動きを追っていたキャメラの動線から、岡田の動きが少し膨らんでずれた。木村キャメラマンはそれに合わせてレールを敷き直そうとしたが、すぐにそれを察した岡田が自分の動きを修正すると木村に進言。“ああいうときに自分が、どう動けばいいのか分かっている俳優は、松田優作さん以来だね”と木村大作は、岡田の反応の速さを絶賛していた。
この日、木村大作がこだわったのは、海にキャメラを向けたときに写る背景のカモメである。この地をロケハンで訪れた時から、彼はカモメを背景に入れ込もうと決めていた。しかしここにはトンビも多く飛んでいて、天敵のトンビがいるとカモメが寄ってこない。そこで考えたのが、キャメラに写らない場所にお菓子を撒いてトンビを引き寄せ、カモメだけを狙う場所に残す作戦。これは『北のカナリアたち』(12年)で実践し成功した方法だというが、今回は易々とうまくは行かない。お菓子を撒いてもトンビだけが動くわけではなく、カモメも移動を始めてしまう。結局いいポジションにカモメが来るまで待つことになった。岡田と柄本は、この“カモメ待ち”に時間をかける現場の状況を興味深く見つめていた。彼らにとっては、こういった木村大作の映像に対するこだわりに触れることこそが、伝説を体感することでもあったのだ。
この日の撮影で舌を巻いのは木村キャメラマンの時間計算である。大人数のエキストラにポジションの指示を出し、カモメまで待ってかなり時間をかけた感じがするが、撮影は午後2時前には終わった。この日の天気は、朝は晴れていたが午後から曇るという予報。しかし木村キャメラマンは、“曇りじゃなく雨になるぞ”と言っていた。降り出す前に撮影を終わらせると言っていたのだが、実際この日の全カットの撮影が終わって撤収作業を始めた瞬間、急に雨が降り出した。その見事な天気の変化の読み。これもまた、長年自然を相手に過酷な撮影をしてきた彼ならではの時間計算と言えるだろう。
舞台は富山市内に移って、四方と現在は別居している妻・美那子との場面を撮影。二人は美那子が子供を流産してから関係がぎくしゃくし、どこか距離感を感じている。一人暮らしを始めた美那子が保育士として働く職場に、四方が訪ねてくるシーンから撮影が始まった。これが撮影初日となる美那子役・長澤まさみは最初緊張していたが、実際に子供12人が遊び回る保育所の中で表情が自然とほぐれていった。そこに四方が訪ねてきて、二人は保育所があるビルの屋上へ移動した。屋上で二人は近況を語りあうのだが、どこか会話はかみ合わず、四方は仕事に戻っていくという芝居の流れである。立山連峰をバックにした二人の会話部分は、並んで話す彼らのバストショットを寄りのキャメラで狙ったが、去っていく岡田を長澤が屋上で見送るところは、このビルの屋上全体を見渡せる隣のビルの屋上から撮影した。ここで長澤は去っていく岡田に胸のところまで手のひらを挙げて、小さくバイバイをする。これは降旗監督の演出で、監督によれば四方に対する美那子の“あなたは自由よ”という想いが込められているという。もう自分のことは気にかけなくてもいいと思いながら、寂しさや未練を夫に残している
美那子の切なさが、この小さなバイバイの仕草から感じられる。さりげない動きがキャラクターの心情を物語る、降旗監督の的確な演出がそこにあった。
富山市の赤十字病院を使い、りりィ演じる四方の母・清美が救急車で運ばれ、心配した四方と美那子が容態を見に訪れる場面を撮影。ここは木村大作が監督作『春を背負って』(14年)でも撮影に使った病院で、彼は“同じ場所でロケするんだから今度は違った映像表現をしたい”と言っていた。
清美の病室の外にある長い廊下での四方と美那子の芝居がメインとなるが、この廊下には所々で横から斜光のライトが射し込み、その突き当りの壁には絵画の額が掛けられている。それらはすべて映画のための舞台作りで、廊下は病室の出入り口以外は光と絵画だけが浮き上がった不思議な空間になっていた。廊下の一番手前には四方と美那子が話す談話室のスペースが作られていて、廊下はその背景になる。まずは芝居のリハーサルが行われたが、それが終わるとスタッフは黒いビニールシートを持ち出してきた。木村キャメラマンはそのシートを廊下全体に敷き詰めろと指示。ただこのシートは薄手で表面がツルツルしている。床には慎重に貼っていかないとシワが寄ったり、どこかに空気が入って脹れてしまい、作業がなかなか進まない。スタッフの一人がモップを借りてきて、全体をならしながら少しずつ貼り進めていく。だが廊下全体となると突き当りまで100m近くあるので、結局シートを貼る作業には2時間近く要した。準備を終えてライトをセッティングすると、黒いシートに光が反射して廊下全体がどこか異空間に見える。
このシート貼りの狙いを後に木村キャメラマンに聞くと、“まず、いつもの病院とは違った雰囲気にしたかったんだ。光がいくつかポツンポツンと入って、一番奥の額の絵が浮かび上がるだろう。あれはレンブラントの絵のような光の射し方をイメージしたんだよ。それともう一つは、この場面では病室の扉が全部閉めきっているよね。だからナイトシーンか夕景か分からない。リアリティで考えれば、見舞いに来る時間なんだから薄暮の夕景なんだろうけれど、ここは時間を感じさせない感じにした方がいいと思ったんだよ”と語ってくれた。時間と空間をリアルな病院の状況と切り離したことで、ここでは四方と美那子の存在感が際立ち、清美の容態を気にしながら夫婦が本音で互いの気持ちを静かに話し合うさまが、より印象付けられる場面になった。富山の部分はドキュメンタリー・タッチにしたいと語っていた木村大作だが、場面によっては映画的な効果を考えて徹底的に画を作り込んでいく辺りに、独特の映像センスを感じさせる。いつも仕事の早いスタッフだが、この日は珍しく、夜までの撮影になった。それでも“映画作りとは、意地を通すことなんだよ”と言ってシート貼りに悪戦苦闘するスタッフを鼓舞し続けた、自分の撮りたい映像を追求する木村キャメラマンの姿が忘れられない。
3月下旬に入ってロケ地を能登半島に移動。輪島市を基点に啓太や涼子のシーンを撮影した。
能登パートから加わった啓太役の小栗旬は輪島に着いたその日に、木村大作、岡田准一と食事を共にし、降旗監督からの伝言を木村から聞かされた。映画の中には重要なポイントで3度、四方と啓太が話し合う場面が登場するが、降旗監督はその部分のセリフを二人が言いやすいように変えてほしいというのである。
岡田も小栗もこれには驚いたらしいが、撮影中にセリフ作りをすることを了解した。この2日後に撮影された啓太が営む田所興業の事務所の外で、悟殺しの容疑者になっている啓太を四方が問い詰める場面はセリフが脚本とは違っていた。啓太を問い詰めながら感情的になっていく直情型の四方と、その彼の言葉を冷静に受け止めるどこか大人びた啓太という、二人のキャラクターが出た場面になっていたのだ。岡田と小栗の二人はベースになる脚本のどのセリフが感情的に言えるのかを考え、それに対して相手がどう話すのかのリアクションを創造しながら、やり取りを作っていったという。“俺たちはもっと早く出会うべきだった”という四方のセリフは脚本には存在しなかった。このセリフを加えることで、25年間会わなかった四方と啓太の関係を前に進ませようと二人は考えたのだった。
また岡田と小栗は撮影が終わると連日木村大作と食事を共にして、木村が降旗監督とどのようにして高倉健の映画を作ってきたかという伝説を聞いていた。その席で岡田は、高倉健がよく本番ではセリフを台本から削ってしゃべっていたという話を聞いた。岡田自身も現場で、木村大作の映像がそこにいる人物の感情を代弁してくれると感じていた。つまり木村の映像を背負って演じる時には、すべてをセリフで説明するのではなく、映像と一体となることで伝わるものが重要なのだ。そこで彼は木村の映像が補ってくれる感情をイメージして、それ以外の四方と啓太の想いを、削り込んだセリフでどう表現すればいいかを考えたという。言ってみれば高倉健と同じ臨み方を、彼はこのセリフ作りによって自分に課したのだ。その岡田と小栗がどんなセリフを創造したのか。それは作品を観て確かめてほしい。
木村大作は一つのシーンで複数のキャメラを同時に廻す多重キャメラによる撮影を好む。多重キャメラで一気に多方面からのアングルで撮影をすれば、俳優に同じ芝居を何度もさせなくて済む。それはまた最高のテンションで芝居をする高倉健の動きや表情を、一発の本番ですべて撮り切るために最も適した撮影法でもあった。今回も基本的に現場では2台から3台のキャメラがいつも廻っていたが、時には撮影助手以外の人間にキャメラを廻させることがある。例えば3台廻すときのCキャメラは美術監督の原田満生が担当していた。彼は『北のカナリアたち』の時から木村大作にCキャメラを任され、この作品では見事なキャメラマンぶりを披露している。木村は“原田は最近、非常にうまくなってきている。キャメラを廻すというのは度胸を持った人なら誰でもできるんだ。俺自身が最初はそうだったんだから。また原田に廻させたのは、“映画作りというのはね、美術担当は美術さえやっていればいいというものじゃないんだよ。自分でキャメラを覗くことで、美術がどう見えているのかが分かる。だから美術に対する考え方も変わってくるんだ。それは原田自身もそう言っているよ”とその起用理由を語ってくれた。
またこの映画では主演の岡田准一がキャメラマンとして一度、撮影を経験している。“岡田准一君は、いずれ監督をやりたいと思っている気がするんだ。だから自分がどう撮られているかを、凄く研究している。そういう人だから撮影の最初の頃に、岡田君がキャメラを勉強したいとスタッフの誰かに言ったと聞いてね。それだったら廻させてやるよということで、やってもらったんだよ”(木村大作・談)。その岡田がキャメラを担当した撮影当日。ロケ地は東京都内某所。物語の重要なポイントになるのでどのシーンかは詳しくお伝えできないが、この撮影には刑事役の三浦貴大や安田顕も参加。三浦がある人物を連れて歩いてくるところを、
岡田は道を挟んだ向こうからゆっくりとキャメラを横にパンさせながら狙う。さすがに緊張しているらしくファインダーを覗く彼は“まずいなあ。大丈夫かなあ”と言って、木村のもとへ画面のサイズを確かめにいった。本番1回目が終わると、木村が寄ってきて“もう少しスムーズにパンさせたほうがいいよ”とアドバイス。2度目の本番では岡田本人が自分で“OK”を出したが、他のキャメラの問題でもう1テイク。人物の配置と動きをセッティングし直すと、3回目の本番で今度は全部のキャメラからOKが出た。緊張の撮影が終わると岡田は木村のところへ行って“いつもと違う視点ですね。2回目くらいから慣れてきました。いい勉強をさせてもらいました”と感謝の言葉を述べていた。このとき岡田准一が撮った映像はちゃんと映画の中に使われているので、それがどこかを想像して観てほしい。
多重キャメラによる撮影で一番の見せ場になったのが、捜査会議の場面である。降旗監督作品には刑事ものは少ないが、その理由は捜査会議のシーンがあまり好きではないから。会議の場面は観ている人に事件の状況を理解してもらうにはどうしても外せないが、そこで話されることは説明に終始して面白味を感じないのだとか。それだけに今回は木村キャメラマンに“捜査会議のところでは、何か変わったことをやってください”というオーダーを出していた。そこで木村大作が考えたのは6台のキャメラを使って360度の全方向から捜査会議を捉え、一気に撮ってしまう撮影プラン。この人物を360度の方向から狙う撮影は、
『春を背負って』の山小屋のシーンで木村が試したことがある。ただその時は出ている人物が数名だったが、今回は会議に出席している刑事たち、約30名を撮り切らなくてはいけない。そのため人物の並べ方に工夫をした。通常の刑事ドラマでは警察のトップが一番奥に並び、彼らと正対するように並べられたテーブルに刑事たちが座って、捜査状況を説明していく。しかし今回は奥に県警トップがいるのは同じだが、刑事たちは彼らと正対せず、コの字に取り囲むように机がセッティングされている。ただこれはロケハンで富山県警の捜査会議風景を見学させてもらった時に、やはり同じような机の配置をしていて、リアルな並び方なのだという。撮影は東宝スタジオ内にあるビルの1階ホールを会議室に作り替えて行われた。中に入ると奥には矢島健一など県警の首脳陣が並ぶテーブル、その右側に岡田や北見敏之、三浦貴大、安田顕など事件担当の刑事たちがいるテーブルがある。対面の左側にも高橋努など、他の刑事たちのテーブルがあって、左右を塞ぐように手前にもう一つテーブルがあるが、ここには誰も座っていない。キャメラは、まず手前のテーブルの後ろにレールを敷いて横移動できるキャメラが置かれ、これは正面にいる県警トップの人間たちや、立ち上がって説明をする刑事を主に追う。そのレールの後ろには、捜査資料などが入っているラックが壁一面に備え付けられている。このラックの背面を四角に切り取り、そこの穴から隠し撮りのようにレンズを入れて右側の岡田の横顔を定点で捉えるキャメラを設置。レールの左と右に1台ずつキャメラを置いて右側と左側のテーブルの刑事たちを狙い、奥には矢島たちの横顔を狙うキャメラがある。そして最後の1台はかなり離れた場所から岡田の正面が狙える位置に設置された。
次に約30人の俳優、エキストラを現場に入れて、木村大作の服装と身長のチェックが始まる。人物がどのように映るのかをチェックするまでが、木村大作の仕事。芝居のリハーサルが始まると、今度は降旗監督が“どうも全体に元気がない。捜査状況を説明する刑事たちは、自分を売り込むような調子を入れてみてください”と、各々の個性を説明の中に入れ込もうとする。朝9時から撮影準備を始めて、かなり長い捜査会議の芝居の動きやセリフのテンポを固め終わったのが午後1時。そこから本番はというと、一発で終わって2時には撮影が完了していた。準備に時間をかけて本番にベストのパフォーマンスが実現できれば、キャメラの台数の多さは問題ではない。出来上がった映像を見てもらえばわかるが、これが一発撮りとは到底思えない。多彩なカッティングがなされた見事なシーンになっている。その木村キャメラマンの見事な撮影法と、降旗監督の端的でありながら人物の特徴を出した演出の妙を見てもらいたい場面だ。

日本映画界の伝説

「駅 STATION」(1981年)
高倉 健 倍賞千恵子 いしだあゆみ
「夜叉」(1985年)
高倉 健 田中裕子 田中邦衛
いしだあゆみ
「居酒屋兆治」(1983年)
高倉 健 大原麗子 加藤登紀子
「あ・うん」(1989年)
高倉 健 富司純子 板東英二
宮本信子
東宝DVD名作セレクション
発売・販売元:東宝

映画『追憶』は、降旗康男監督と撮影の木村大作にとって16本目のコンビ作である。多くの名作を作り上げてきた二人は、日本映画界の生きるレジェンドである。中でも初コンビ作となる『駅STATION』(81年)を始め、『居酒屋兆治』(83年)、『夜叉』(85年)、『あ・うん』(89年)、『鉄道員(ぽっぽや)』(99年)、『ホタル』(01年)、『単騎、千里を走る。』(06年・日本パートのみを担当)と続いた、高倉健の主演作は、今も強烈な印象を残している。
『駅 STATION』(81年)は、脚本家・倉本聰が、高倉健へのラブレターとして書いたシナリオ『駅舎』を基に、北海道警察の警察官・三上の13年に渡る人生を、三つの時代、3人の女性との触れ合いを通して描いた作品。降旗監督はこの映画のクランクイン直前まで京都で別の映画を監督していて、ロケ地の選定や撮影の準備は、木村大作を始めとするスタッフが主導で行った。撮影前、木村大作は京都のホテルに宿泊していた降旗監督を訪れ、大量のロケ候補地の写真を見せたという。そのとき木村は、映画の第二章《すず子》で三上たちが張り込むホテルを、見張り先の食堂が見える向かいのビルにするか、少し離れたところにある実際のホテルにするかと尋ね、降旗監督は食堂の向かいのビルを選択した。降旗監督は“あれは大ちゃんの、僕に対するリトマス試験紙だったと思う”と語っているが、降旗監督はホテルという設定よりも、映画的に画になる場所を重要視したのだ。
実は木村大作も同じ意見で、その選択が一致したことから二人の信頼関係は一気に深まった。ここから多くを語らずとも互いの気持ちが汲みとれる二人のコンビネーションが誕生したのだった。
『居酒屋兆治』(83年)は、降旗監督が立ち上げた企画である。主人公の兆治はかつて造船所で働いていたが、同僚社員の首切り役を言い渡され、それに反発し会社を辞めた男。降旗監督には会社の人事部長をやっていた叔父がいた。戦後の人員整理を任された彼は、その仕事が嫌で会社を辞めたのだという。つまり兆治を演じた高倉健には、降旗監督の中で叔父のイメージが重なっていたのだ。降旗康男は声高に作品のテーマを主張する監督ではないが、どの映画にも自分の想いを注ぎ込んできた。
例えば、『ホタル』(01年)では、降旗監督が10歳の時に出会った特攻隊員たちに“もう、この戦争は負ける。だから君たちは科学者か外交官になって、この国をよくしてくれ”と言われた体験が、映画を作る原動力になった。『追憶』もまた、学生時代に
降旗監督が観たフランス映画『舞踏会の手帖』(37年)の印象が背景にある。この映画は夫を亡くした美貌の未亡人が、10数年前に舞踏会で自分と踊った男たちを訪ね歩く作品である。大半の男たちは落ちぶれているが、若き降旗康男は、“そこに希望のない人生の暗さだけではなく、現実が痛々しいほど、男たちの背後に瑞々しい彼らの青春の姿が重なってくる“ことに気付いたとか。このことは涼子と過ごした子供時代を大事な記憶として残しながら、今を生きている『追憶』の四方篤たちにも通じる。さらには、かつては大阪のミナミで“夜叉”と恐れられたやくざで、今は漁師をしている主人公・修治が、ミナミから流れてきた女性との出会いによって、“夜叉”の血が再び騒ぎ出す『夜叉』にも繋がる。過去を背負いながら厳しい現実を生きる。それこそが降旗監督が、映画の中で追いかけてきた一つのテーマなのだ。
木村大作は“厳しさの中にしか美しさはない”を信条に、詩情豊かに日本の四季を捉え、映像によって登場人物の心を代弁してきたキャメラマンである。例えば『駅 STATION』の第三章《桐子》では、故郷の雄冬へ連絡船で帰ろうとした三上が、荒波のために船が欠航し、増毛に足止めされて運命の女・桐子と出会う。この時の増毛港に打ち寄せる高波が、老いた母親や家族に一刻も早く会いたいと思いながら果たせない、三上の切ない心の内を物語る。あるいは『夜叉』で、修治が暮らす若狭湾を望む漁村・日向にある太鼓橋と冬の厳しい自然が、ここに住む人々の出会いと別れを象徴的に印象付ける。あるときは人と人との心を繋ぎ、ある時は遠ざける自然の移ろいを、木村大作は過剰なまでの雪、雨、波、風などで表現してきた。その原点には、彼が撮影助手時代に初めて就いた黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』(58年)がある。黒澤組で“自然で何かを表現するには、イメージすることの10倍の表現が必要だ”ということを体感した彼は、自然描写が厳しければ厳しいほど、それに抗うことのできない人間の心が見えてくることを感覚的に学んだのだ。
不幸や虚しさを噛みしめながら、今を生きるという独自の人生観を映画の主人公に託した降旗監督と、登場人物の心情を映像によって奏でる木村大作。かれらの精神性と映像表現は、『追憶』の中にも活きている。高倉健は亡くなったが、その変わらぬ映画作りへの姿勢は、また新たな伝説を生んでいくことだろう。