映画「追憶」公式サイト

ヒストリー

映画『追憶』は、降旗康男監督と撮影の木村大作にとって16本目のコンビ作である。多くの名作を作り上げてきた二人は、日本映画界の生きるレジェンドである。中でも初コンビ作となる『駅STATION』(81年)を始め、『居酒屋兆治』(83年)、『夜叉』(85年)、『あ・うん』(89年)、『鉄道員(ぽっぽや)』(99年)、『ホタル』(01年)、『単騎、千里を走る。』(06年・日本パートのみを担当)と続いた、高倉健の主演作は、今も強烈な印象を残している。
 『駅 STATION』(81年)は、脚本家・倉本聰が、高倉健へのラブレターとして書いたシナリオ『駅舎』を基に、北海道警察の警察官・三上の13年に渡る人生を、三つの時代、3人の女性との触れ合いを通して描いた作品。降旗監督はこの映画のクランクイン直前まで京都で別の映画を監督していて、ロケ地の選定や撮影の準備は、木村大作を始めとするスタッフが主導で行った。撮影前、木村大作は京都のホテルに宿泊していた降旗監督を訪れ、大量のロケ候補地の写真を見せたという。そのとき木村は、映画の第二章《すず子》で三上たちが張り込むホテルを、見張り先の食堂が見える向かいのビルにするか、少し離れたところにある実際のホテルにするかと尋ね、降旗監督は食堂の向かいのビルを選択した。降旗監督は“あれは大ちゃんの、僕に対するリトマス試験紙だったと思う”と語っているが、降旗監督はホテルという設定よりも、映画的に画になる場所を重要視したのだ。実は木村大作も同じ意見で、その選択が一致したことから二人の信頼関係は一気に深まった。ここから多くを語らずとも互いの気持ちが汲みとれる二人のコンビネーションが誕生したのだった。
 『居酒屋兆治』(83年)は、降旗監督が立ち上げた企画である。主人公の兆治はかつて造船所で働いていたが、同僚社員の首切り役を言い渡され、それに反発し会社を辞めた男。降旗監督には会社の人事部長をやっていた叔父がいた。戦後の人員整理を任された彼は、その仕事が嫌で会社を辞めたのだという。つまり兆治を演じた高倉健には、降旗監督の中で叔父のイメージが重なっていたのだ。降旗康男は声高に作品のテーマを主張する監督ではないが、どの映画にも自分の想いを注ぎ込んできた。
 例えば、『ホタル』(01年)では、降旗監督が10歳の時に出会った特攻隊員たちに“もう、この戦争は負ける。だから君たちは科学者か外交官になって、この国をよくしてくれ”と言われた体験が、映画を作る原動力になった。『追憶』もまた、学生時代に降旗監督が観たフランス映画『舞踏会の手帖』』(37年)の印象が背景にある。この映画は夫を亡くした美貌の未亡人が、10数年前に舞踏会で自分と踊った男たちを訪ね歩く作品である。大半の男たちは落ちぶれているが、若き降旗康男は、“そこに希望のない人生の暗さだけではなく、現実が痛々しいほど、男たちの背後に瑞々しい彼らの青春の姿が重なってくる“ことに気付いたとか。このことは涼子と過ごした子供時代を大事な記憶として残しながら、今を生きている『追憶』の四方篤たちにも通じる。さらには、かつては大阪のミナミで“夜叉”と恐れられたやくざで、今は漁師をしている主人公・修治が、ミナミから流れてきた女性との出会いによって、“夜叉”の血が再び騒ぎ出す『夜叉』にも繋がる。過去を背負いながら厳しい現実を生きる。それこそが降旗監督が、映画の中で追いかけてきた一つのテーマなのだ。
 木村大作は“厳しさの中にしか美しさはない”を信条に、詩情豊かに日本の四季を捉え、映像によって登場人物の心を代弁してきたキャメラマンである。例えば『駅 STATION』の第三章《桐子》では、故郷の雄冬へ連絡船で帰ろうとした三上が、荒波のために船が欠航し、増毛に足止めされて運命の女・桐子と出会う。この時の増毛港に打ち寄せる高波が、老いた母親や家族に一刻も早く会いたいと思いながら果たせない、三上の切ない心の内を物語る。あるいは『夜叉』で、修治が暮らす若狭湾を望む漁村・日向にある太鼓橋と冬の厳しい自然が、ここに住む人々の出会いと別れを象徴的に印象付ける。あるときは人と人との心を繋ぎ、ある時は遠ざける自然の移ろいを、木村大作は過剰なまでの雪、雨、波、風などで表現してきた。その原点には、彼が撮影助手時代に初めて就いた黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』(58年)がある。黒澤組で“自然で何かを表現するには、イメージすることの10倍の表現が必要だ”ということを体感した彼は、自然描写が厳しければ厳しいほど、それに抗うことのできない人間の心が見えてくることを感覚的に学んだのだ。
 不幸や虚しさを噛みしめながら、今を生きるという独自の人生観を映画の主人公に託した降旗監督と、登場人物の心情を映像によって奏でる木村大作。かれらの精神性と映像表現は、『追憶』の中にも活きている。高倉健は亡くなったが、その変わらぬ映画作りへの姿勢は、また新たな伝説を生んでいくことだろう。

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